2012-02-27から1日間の記事一覧
もうひとつイメージを挙げましょう。蛇と、その視線に射すくめられた鳥です。この魅惑fascinationが自我の構成という現象には不可欠です。初めから寸断されて調子外れで一貫性のない多様性がまとまりを獲得するのは、魅惑される限りにおいてです。鏡の反射も…
この弁証法をきちんと把握していただくために、この弁証法をあるイメージによって提示しておこうと思います。まだ話したことはありませんから皆さんがこの例を使いこなす時間はなかったと思いますが、盲人と麻痺者の話です。 自我の水準における主体性は、こ…
私が例として「鏡像段階」という名で示した弁証法はすべて、次の二項からなる関係に基づいています。つまり一方は切り離され、不調和でばらばらなものとして経験される―さしあたって人生の一時期にと言っておきますが―諸傾向の水準です。そういうものの名残…
私は「現実的な空間」と言いました。少々先を急ぎすぎたようです。二つの場合があります。現実的な空間において効果が生じる場合と、もう一つは想像的な空間において生じる場合です。先程話したのは、想像的な空間において起きることでしたが、それは習慣的…
こう考えてください。しばらくの間、そうこの導入の間だけでも結構ですから、こう考えてみてください。意識とういもの、それは「像」と呼ばれる何かを生み出すことができるある表面から与えられるたびごとに生じるものである、と。しかもこれはまったく思い…
このちょっとした譬え話を作ってお話ししたのは、仮説を展開するためではありません。皆さんの精神衛生を考えてのことです。自我とは何か、という問題を立てるためにも、意識についての宗教的とも言うべき考え方と決別しなければなりません。暗黙の内に現代…